2005年春の特集 
- フィレンツェのヴィッラと庭園 -

フィレンツェ近郊のヴィッラ

ヴィッラと庭園Villa(ヴィッラ)という単語を辞書をで引くと

邸宅、屋敷、別荘

とあります。
中世の時代、メディチ家はフィレンツェ郊外に多くのヴィッラや庭園を造り一族の繁栄を促しました。

今回の特集ではフィレンツェ近郊にあるこの「ヴィッラ」と、フィレンツェ市内の庭園(公園)をご紹介します。


同行通訳市内、郊外への同行、オーダーメード店でのショッピングの通訳、 フィレンツェ・シエナの美術館ガイドなどをいたします。
買い物だけでなく、美術の専門ガイドなど、自分達だけのツアーでフィレンツェの町をお楽しみ下さい。
詳しくは下のリンクより。

LinkIconフィレンツェ同行通訳・コーディネート

ヴィッラの成り立ち

フィレンツェは中世(1400~1700年代にかけて)、メディチ家の反映とともに出来上がった街です。

このメディチ家はフィレンツェ市内はもとより、郊外にもその勢力を見せつけ、多くの邸宅を作りました。
その邸宅は北はMugello(ムジェッロ)からアルノ川に沿ってPisa(ピサ)-Livorno(リヴォルノ)方面に向けて造られました。

ただしこの別荘は、その地方への侵略、権力の増幅、収集などの今力誇示のためには決して造られませんでした。
全てのヴィッラは、フィレンツェ自らをヨーロッパにおいて政治的にも文化的にも、そして都市としても高水準な街としておくための反映として進化してきました。

メディチ家とロレーナ家が一つになった紋章1400年代当初のヴィッラのは、主にフィレンツェの政治や仕事で疲れた体を癒すための週末の住居として造られました。
主に、Trebbio(トレッビオ)、Cafaggiolo(カファッジョーロ)、Careggi(カレッジ)Fiesole(フィエーゾレ)Poggio a Caiano(ポッジョ・ア・カイアーノ)などがそうです。

その後やがてヴィッラはその恵まれた気候と自然から、自分達のための食料を調達する目的も持ち合わせるようになりました。

ここにおいて、このヴィッラに雇われる百姓がうまれ、フィレンツェの荘園制が出来上がっていきます。
また彼らの趣味に狩りも生まれ、その意味合いもヴィッラに含まれるようになりました。
Collesalvetti(コッレサルヴェッティ)、Spedaletto(スペダレット)、Agnano(アーニャノ)、Coltano(コルターノ)というヴィッラがそれにあたります。

1500年に入りコジモ一世の時代になり、それまでに培われた建築、美術、造園の技術が一緒になり、それらの技術を遺憾なく使われた庭園を兼ね備えたヴィッラが生まれました。
これらのヴィッラ、庭園はヨーロッパの他の国からも庭園を作る際の指標とされるものとなりました。
Villa di Castello(ヴィッラ・ディ・カステッロ)、Villa della Petraia(ヴィッラ・デッラ・ペトライア)がそれらにあたります。

時代の移り変わりとともに、所有者も変わっていきました。
そのたびにヴィッラはその原形だけをとどめて、様々な人の趣味が加えられ現在の形となっているのです。

フィレンツェから市内バスで行けるヴィッラ

ここでご紹介するヴィッラは全てフィレンツェ市内を走るオレンジ色のATAFで行くことができます。
ただしバスは特にバス停の案内放送などありませんので、運転手に

「Vorrei andare a Villa di ○○.:ヴォッレイ・アンダーレ・ア・ヴィッラ・ディ・○○」
「○○ヴィッラに行きたい。」
「Mi puo' chiamare quando arriva?:ミ・プオ・キャマーレ・クアンド・アリーヴァ?」
「ついた時に声をかけてもらえますか?」

と伝えて、運転席の近くでついた時に声をかけてもらえるように頼むのもいいかもしれません。

LinkIconフィレンツェ市内バス(ATAF)のページへ進む

Villa della Petraia(ヴィッラ・デッラ・ペトライア)

ヴィッラ・デッラ・ペトライアもともとブルネレスキの邸宅だった建物で、その後ストロッツィなどの富裕商人の手に渡り、1544年にコジモ1世が購入しました。

コジモ1世の息子、トスカーナ大公フェルディナンドの時代に建物の改造と庭園の手入れに力を入れ、果物の木、池、幾何学的なシンプルなデザインで植物を植え、ブオンタレンティに造らせました。

このフェルディナンドは遠縁にあたるカテリーナ・メディチの孫娘のフランス人クリスティーナ・ロレーヌと結婚し、メディチ家が終わるときロレーナ家の所有となります。
そのためヴィッラ正面の紋章にはメディチ家とロレーヌ家の合わさった紋章が掲げられています。

そのためナポレオンのイタリア侵攻時にはナポレオンの邸宅としても利用されました。 1800年後半にはヴィットーリオ・エマヌエーレ2世の私邸となり、妻ローザ・ヴェルチェッラーナがここをこよなく愛したことでも有名です。
1872年に鉄格子とガラスで覆われた中庭部分には大きなシャンデリアがあり、ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世とローザの息子の結婚披露宴はここで行われました。

ヴィッラ内は、古きコジモ1世時代からナポレオン、ヴィットーリオ・エマヌエーレの足跡を追うことが出来ます。

庭園の見学は開館時間中いつでも可能です。
ただし、ヴィッラ内の見学は以下のタイムスケジュールで係りの人の説明(イタリア語)付きで見学することが出来ます。

見学タイムスケジュール
8:40、9:45、10:00、10:45、11:30、12:10、13:30、14:20、15:00
15:40(11~2月の最終見学)、16:45(3月の最終見学)、17:35(4,5,9,10月の最終見学)、18:35(6~8月)
住所
Via della Petraia,40 Firenze
問い合せ
055-452691

※2005年現在

Villa del Castello(ヴィッラ・ディ・カステッロ)

(庭園の見学のみ)

ヴィッラ・ディ・カステッロ1427年に要塞としてすでにあったこの建物をロレンツォ・イル・マニーフィコの再従兄弟(はとこ)にあたるロレンツォとジョヴァンニが1477年に購入しました。

その後、近隣の住民に占拠され火をつけられたりしましたが、1538年にコジモ1世の命を受けてトリボロ、ヴァザーリによって全て修復、さらには新しい庭園が造られました。

かの有名なボッティチェッリの「ヴィーナスの誕生」と「プリマヴェーラ」はこの別荘に飾られていました。

フランチェスコの時代に、上のペトライアの別荘と同様にロレーナ家の所有になり、サヴォイア家の所有などを経て、最終的にはトスカーナ州に戻され、現在はアカデミア・デッラ・クルスカの所有となっています。

庭園内の岩窟にはメディチ家初のトスカーナ大公となったコジモ1世の卓越した支配力を象徴したニッコロ・ロチボーロによって始められ、ヴァザーリによって完成された「動物達の岩窟」があり、その上の林の中の泉にはジャンボローニャによるアペニン山脈を模したブロンズの「冬」の像があります。

住所
Via di Castello,47 Firenze
問い合せ
055-454791

ペトライアとカステッロの開館時間とアクセス
2つのヴィッラは、ごく近いところにあり開館、休館時間ともに同じになっています。
また入場料も共通でどちらかで支払うともう一方も見ることが出来ます。

開館時間
11~2月 8:15~16:30、3,10月 8:15~17:30(ただし夏時間中は1時間延長)、4,5,9月 8:15~18:30、6~8月 8:15~19:30
休館日
第2,3週月曜日
入場料
2ユーロ
アクセス
フィレンツェ ATAF 2、28番
バスが走る通りはVia Sestese(セステーゼ)です。バスを下車後進行方向むかって右の路地を入ります
バス通りと並行して走る通りがVia Reginald Giuliani(レジナルド・ジュリアーニ)で、住所436と438の間のVia della Querciola(クエルチョーラ)路地を入ります
路地の角には標識がありますので目安にします
突き当たりを左に曲がるとカステッロ、右に曲がり更に突き当りを左に進むとペトライアのヴィッラに着きます

※2005年現在

Villa di Careggi(ヴィッラ・ディ・カレッジ)

ヴィッラ・ディ・カレッジメディチ家初代当主であるジョヴァンニ・ディ・ビッチがフィレンツェで活動する際の中心的な家にするために1417年に購入したヴィッラです。

このヴィッラは何回かの改築が行なわれ現在にいたっています。

最初の改築はジョヴァンニ・ディ・ビッチが亡くなり、その後を継いだコジモ・ヴェッキオによるもので、ミケロッツィに命じ、それまで台形だった家の形を道に沿って長方形にしました。これによりそれまでよりもシンプルながら強固なヴィッラとなりました。

次の修復は豪華王ロレンツォの時代でした。
彼はこのヴィッラをこよなく愛し、人生のほとんどをこのヴィッラですごします。
ルネッサンスを語る上で、決して外せないロレンツォが主催したプラトンアカデミーもここで行なわれました。

ロレンツォはここに仲の良い芸術家なども住まわせ、そして毎日議論を交わしました。
そしてここに、詩人のポリツィアーノやドナテッロ、ミケランジェロなどが通っていました。まさしくロレンツォはここで生まれ、そしてここで亡くなりました。
現在もロレンツォの亡くなった部屋はそのまま残っています。

1534年にジュリオ枢機卿からアレッサンドロ公に譲られたときには、ポントルモやブロンズィーノの作品が飾られていました。
1800年代にF.Jスローンといイギリス貴族に売却され、庭園など現在の形に改築されました。
その後 現在の病院施設であるASL(アズル)の事務所、会議室として利用されるようになりました。

このため、いつでも見学できるわけではありません。

予定では来年以降修復の作業に入るため見学出来なくなります。
4~5年後の修復終了後、全てが一般公開されるようになるそうです。

住所
Viale Pieracchini,17
開館時間
全て予約せいとなっています。時間によっては見学できない時もあります
月~金曜 9:00~18:00、土曜 9:00~12:00
休館日
日曜、祝祭日
入場料
無料
問い合せ
055-4279501
アクセス
フィレンツェ ATAF 14C
下車の目安は、大きな病院を過ぎて右手に駐車場のあるカーブを曲がり坂を上り始めたところのバス停です
バス停の反対側に入口があり、入口を入っていくとヴィッラがありますので中央の扉から2階の事務所に上がり予約のことを伝えましょう

※2005年現在

Villa di Medici a Fiesole(ヴィッラ・メディチ・ア・フィエーゾレ)

(庭園のみ見学可能)

ヴィッラ・メディチ・ア・フィエーゾレ1400年の中ごろ、コジモ・ヴェッキオとその息子のジョヴァンニに購入されたヴィッラです。

まさしくフィレンツェを一望するフィエーゾレの丘の中腹にあるこのヴィッラは、ミケロッツォ・バルトロメオとヴァザーリによって修復されました。
その後Casa da signore(カーザ・ダ・シニョーレ:君主の家)と呼ばれるようになり、ヴァザーリに「壮麗で誇り高いヴィッラだ」と言わしめました。

門を抜けて道を進むと木々の間から、別荘と庭園が見え隠れします。
そして邸宅の中にはドナテッロやフィリッピーノ・リッピの作品などが飾られました。

メディチ家のロレンツォとジュリアーノがドゥオモのミサの最中パッツィ家に襲われ、ジュリアーノは命を落としロレンツォは聖具室に逃げ込み一命を取り留めるのは有名エピソードです。
この別荘、この悲劇の前日にロレンツォとジュリアーノの二人は、翌日暗殺者となるパッツィ家の二人を夕食に招待しています。
この夕食でパッツィ家の二人は毒殺を試みますが、ジュリアーノの体調が悪くなったために成功しませんでした。
そして翌日のミサまで悲劇は延期されたのです。

このヴィッラの敷地内には一般の住宅がいくつかあります。
ヴィッラの下の住宅には一時期、アルゼンチン代表でフィオレンティーナを一躍強豪チームに押し上げたサッカー選手「バティストゥータ」と、現在ミランで活躍するやはりもとフィオレンティーナでポルトガル代表のルイ・コスタ選手が住んでいたそうです。

住所
Via Beato Angelico,2
開館時間
9:00~13:00
休館日
土、日曜
入場料
6ユーロ
見学申し込み
予約者氏名、人数、訪問希望時間、電話番号を明記の上、055-2398994番にファックスを送る
アクセス
フィレンツェ中央駅、もしくはサン・マルコ広場からATAF 7番バスで終点のフィエーゾレまで行く
バスで上がって来た道を、車に注意しながら下って行きカーブのところがヴィッラの入口となっている
呼び鈴が6つほどあるので、その中から「La Villa(ラ・ヴィッラ)」の呼び鈴を鳴らす
門をくぐったら、道なりに揺るかな坂を下っていった先

※2005年現在

郊外バスで行くヴィッラ

ここで紹介するヴィッラはフィレンツェノ郊外にあるヴィッラです。
それぞれのアクセスを参考に、さあ出発です。

LinkIcon郊外パスのページへ進む

Villa di Poggio a Caiano(ヴィッラ・ディ・ポッジョ・ア・カイアーノ)

ヴィッラ・ディ・ポッジョ・ア・カイアーノロレンツォ・マニフィコがストッロツィ家より1480年に購入したヴィッラです。
ロレンツォの命を受けて改修したのはジュリアーノ・ダ・サンガッロでした。

当初休息用の郊外の別宅として購入されましたが、農作物に恵まれた大地に目をつけたロレンツォは敷地内に畑を造らせます。
その農園を百姓に貸しつけ、農作物を作らせ始めるという荘園制を初めて取り入れたのはこの別荘です。
このことにより、メディチ家が農民のことも考える優れた領主と認められ、メディチ家の指示を促しました。

要塞の目的より、家としての機能を重視したため、外観は塔を持たない四角い形をしていて、正面の二つの階段が印象的です。

このヴィッラにおいてフランチェスコ1世の妻のビアンカ・カッペッロが謎の死を迎えていますが、その部屋は昔のままの様子で残されています。
また一時的にヴィットリオ・エマヌエレ2世の邸宅になったこともあり、その際改造された部分も見ることが出来ます。

ヴィッラ内はイタリア人ガイドに付いて見学することが出来ます。このガイドは1時間おきに循環しますので、入館時次回の見学の時間を確かめましょう。

住所
Piazza Medici,12 Poggio a Caiano(Prato)
開館時間
11~2月 8:15~16:30、3,10月 8:15~17:30(ただし夏時間中は1時間延長)、4,5,9月 8:15~18:30、6~8月 8:15~19:30
休館日
第2,3週月曜日、1月1日、5月1日、12月25日
入場料
2ユーロ
予約問い合せ
055-294883、予約料として3ユーロかかります
アクセス
フィレンツェ中央駅向かって左側、Largo Alinari(ラルゴ・アリナリ)にある郊外バスCOPITもしくはCAPでPoggio a Caiano方面行きを利用します
他のヴィッラと同様にバスの運転手さんに聞きましょう
バスを降りるとすぐ目の前がヴィッラとなっています

※2005年現在

Villa di Pratolino(ヴィッラ・ディ・プラトリーノ)

ヴィッラ・ディ・プラトリーノコジモ1世の息子であるフランチェスコ1世により1569年に造られ始めました。
(一説にはフランチェスコの妾、ビアンカ・カッペッロのために造られたという説もあります)
1575年には芸術家のブオンタレンティにゆだねられ、最終的な建設費用は78万スクード、ウッフィツィ美術館の2倍の費用をかけて建造されました。

メディチ家のヴィッラの中でももっともサイズ、内容とも偉大なものの一つです。
アペニン山脈の山すそにあるこのヴィッラは広大な敷地を利用して当時としては革新的な泉や洞窟を使った芸術が置かれています。
特にジャンボローニャによって造られたアペニン像は有名です。

また野原も広がっているので、敷物を持って半日のんびりするのにも最適です。

開館時間
4~9月 10:00~20:00、3,10月 日曜祭日のみ開館
休館日
11~2月完全休館、4~9月 月、火曜
入場料
2.58ユーロ
予約問い合せ
055-409427
アクセス
駅を正面にして駅前広場右手の信号横のバス停からATAF 25番のPratolino(プラトリーノ)方面行きに乗り終点まで行く
バスは広場に着くので、そこからバスの入ってきた路地に戻り、一時停止の標識のある最初の角を右に曲がり、突き当りを右に曲がった20メートルほど先左手の入口から入場する

※2005年現在

フィレンツェの庭園、公園

天気の良い季節には、パニーノを買って屋外の日陰でのんびり昼食も良いものです。歩きつかれた足や美術鑑賞に疲れた頭を緑溢れる公園で休んでみませんか?

※ごみは持ち帰るか、ゴミ箱に捨てましょう!

Giardini del Boboli(ジャルディーニ・デル・ボーボリ)
Museo delle Porcellane(ムゼオ・デッレ・ポルチェッラーネ:磁器博物館)

ジャルディーニ・デル・ボーボリピッティ宮殿から広がる小高い丘一体をもともとのこの地の持ち主の名前からボーボリ(家)の丘と呼ばれていましたが、後にトスカーナ大公コジモ1世が購入して宮殿とともに一つのヴィッラの形を造りあげました。
そして、イタリア式庭園の代表作として世界中から人を集めるようになりました。

庭園内にはあらゆる所に彫刻、彫像、噴水、岩窟が配置され、青空の下の自然美術館なっています。
見所としては「ジュピターの泉」、「ネプチューンの泉」、「バッコスの泉」、「ブオンタレンティの岩窟」など沢山の見所に溢れます。

丘の一番上は昔のフィレンツェ市の南の外壁に接しているため、すぐ外にはオリーヴ畑が広がり、しないとは全く違った風景を楽しめます。
またこの一番南の丘の上には、小さな庭園と磁器博物館も造られています。

庭園への入口は全部で4箇所(出口のみも含めると5箇所)ありますが、ベルヴェデーレ要塞口は現在使用されていません。
しかし2005年5月12日より要塞内のFolon展に伴い、この入口を開放することになりました。

これら4箇所の入口を利用すると、さらに庭園へのアクセスが便利になります。

開館時間
11~2月 8:15~16:30、3,10月 8:15~17:30、4,5,9月 8:15~18:30、6~8月 8:15~19:30
休館日
第1,最終月曜日
入場料
6ユーロ
予約・問い合せ
055-294883、Fax:055-264406
アクセス
フィレンツェ中心地からポンテヴェッキオを渡り、そのまま進んだ左側「ピッティ宮殿内」にある
磁器博物館は庭園入場後、まっすぐ丘を登っていくと外に階段のある建物があるので、そのテラスにあります

※2005年現在

Parco di Cascine(パルコ・ディ・カッシーネ)

パルコ・ディ・カッシーネPonte alla Vittoria(ポンテ・アッラ・ヴィットリア:ヴィットリア橋)の袂より、川沿いに約1.6キロ続く公園です。
中世のトスカーナ大公時代は狩猟のための場所でしたが、18世紀におしゃれな公園として再整備されました。

入口からちょうど中間のPiazza Cascine(ピアッツァ・カッシーネ:カッシーネ広場)までは、緑生い茂る公園が続き、その向こうには競馬場や市営プールが造られています。

公園入口にはMeccano(メッカーノ)とCentral Park(チェントラル・パーク)という2つのディスコがあり、夏の夜は賑やかな場所となります。

また毎週火曜日の午前中(14時まで)カッシーネの市が行なわれ衣類、靴、食器、野菜などの屋台が並びます。

アクセス
フィレンツェ中央駅より、ATAF 1、9、12、26、27番で大通りにでた、すぐのバス停が便利です
また、公園の中央、ピアッツァ・カッシーネから歩きながら中心地に戻りたい場合は17"B"番のバスで終点まで行ってしまうのが便利です
中心地に戻る場合は、大通りを渡り反対側のバス停からATAF 1、9、13、26、27番を利用すると便利です

※2005年現在

Giardini dell'Iris(ジャルディーニ・デル・イリス)

ジャルディーニ・デル・イリスフィレンツェのシンボルとにもなっているユリばかり集めた庭園です。
1954年より毎年この庭園で世界ユリコンテストが行なわれ、世界中から多くの種類のユリが集まります。

庭園内には約2500種のユリが植えられ様々な色のが開催中は目を楽しませてくれます。元来、トスカーナ地方ではアルノ渓谷に白いユリが咲き乱れていましが、フィレンツェのシンボルとしては赤を採用しました。

中世の頃より街中にこのユリの紋章で装飾が施されるようになり、そして12世紀のフィレンツェ最初の銀硬貨にもこのシンボルが使用され、そして後に金貨「Fiorino d'oro(フィオリーノ・ドーロ:フィオリーノ金貨)」にも利用されました。

開放月
ユリの庭園なのでユリの咲く5月だけの一般開放となります
通常5月の第1月曜~第3金曜日までとなっています
(2005年は5月2~20日の予定)
月~金曜
10:00~12:30、15:00~19:00
週末
10:00~19:00
アクセス
Piazzale Michelangelo(ミケランジェロ広場)右横とPiazza Ferrucci(ピアッツァ・フェルッチ:フェルッチ広場)に入場口があります
問い合わせ
055-483112

※2005年現在

Giardini del Semlici(ジャルディーニ・デル・センプリチ)

ボーボリ庭園とともにコジモ1世の命を受けて1545年12月1日に建造された庭園です。
中世に植物学のために造られた植物園として、ピサとパドヴァに続き3番目に古いものとしても有名です。
海外産の植物やシダ類、柑橘類、椰子や食肉植物など、広葉樹から針葉樹まで多くの種類が植えられています。

開放時間
月~金曜 9:00~13:00
休館日
土、日曜
アクセス
サン・マルコ教会広場からVia Antonio Micheli(ヴィア・アントニオ・ミケーレ:アントニオ・ミケーレ通り)を50メートルほど進んだ右側

※2005年現在

Giardini Orticoltura(ジャルディーニ・オルティコルトゥーラ)

ジャルディーニ・オルティコルトゥーラ1852年にトスカーナ園芸の促進と研究のために、農芸学会によって造られた公園です。
見所は1880年5月18日に造られた大型の微温浴室です。
当時としては革新的な建造物で鉄とガラスで造られ四角い船底のような形をしています。
1903,1911年に大規模な園芸学会をを行い、その後1931~32年にフィレンツェ市に売却され、現在は修復中で見学不可能となっています。

毎年春(4月末から5月初頭にかけて)と秋(9月末~10月初頭にかけて)花市が開催されます。

訪問時間
10~3月 8:30~18:00、4月 8:30~19:00、6~8月 8:30~20:00、9月 8:30~19:00
アクセス
中央駅よりATAF 13番バスでPonte Rossi(ポンテ・ロッシ)で下車、道を渡り小さな広場の右奥から入場します
もしくは25番バスにてVia Bolognese(ヴィア・ボロニェーゼ:ボロニェーゼ通り)に入ったらすぐのバス停で降りて左側から入場


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